弟に言いたいことはたくさんあるけれど、母が言わないでと制止します。

私はアラフォーで、はアラサー。

私は母の近くにいて、は関東にいる。

親が離婚したのは、が幼稚園の時だったので、父の記憶があるのかどうかも分かりませんが、

離婚してからは、の口から父の話が出たことは一度もありません。

最初からいなかったも同然の存在なのでしょう。

それをうらやましく思うことがあります。

何も知らない弟

母が少しリウマチの症状があるようで、数年前から通院して、薬も服用していました。

すると今度は、その薬が合わなかったようで、心臓の辺りに白い影が出来ていることが判明しました。

ちょうどその頃、コロナが流行りだした時期だったので、母は精密検査に行くのを遅らせようかと迷っていたのですが、私はすぐに行くべきだと説得しました。

何も知らないに事情を話して、から母に電話をするように言いました。

母はの説得に応じ、大学病院で精密検査を受けました。

悪性の腫瘍を疑ったのですが、幸いそうではありませんでした。

結局、薬の服用はやめて、別の治療方法を探すことになりました。

しかし、薬をやめたことで症状が悪化し、去年から母は休職しています。

休職したことも、母はに隠していました。

それも私が伝えました。

何も知らないは、

何で言ってくれないの?

と言うけれど、

私としては、

「何でたまにはそっちから連絡してあげないの?」

と思う。

これまで働き過ぎなんだから、休暇も必要でしょ。

は簡単に言うけれど、

「じゃあ、これからお母さんはどうやって暮らしていくの?」

と現実的なことを私は考える。

そういったことの繰り返しで、私たちの距離はますます開いていきます。

多分会って話したら、不毛な議論が展開されるばかりで、何の結論も出ないはず。

母は通院する中で、2週間に1度の注射による治療を病院の先生から提案されました。

しかし、これが高額

母はまた悩んでいました。

そりゃそうですよね。

も~~~~~(イライラ)。

私からに言いました。

「お前が出せ。」

と。

正直なところ、は出せる給料はもらっている。

だから、こんな時はに甘えればいい。

助けてもらえばいい。

私には言えて、に言えないのは何でなのよ。

私はに、

「『これだけお金渡してやったろ』とか後から絶対言うなよ。」

とだけ釘を刺しておきました。

将来の負担が見えている

母のこのスタンスが変わらない限り、数十年後の全ての負担を、私が背負わされるのは目に見えています。

今までの困難な状況から全力で守られて生きてきたを、今現在でも守る必要がこれ以上あるのか?

私は、姉と関係なく、同じ立場で現状を真剣に考えて欲しいだけなのに。

母とはの話が出るたびに、討論(激論)するのですが、

この前食事に行ったときも、

男と女は違うしね~。

とか、

心配するからね~。

とか軽く受け流されてしまうのです。

(ムーディ勝山の時代は終わったんだよ!)

納得いかん!!!

ただ先に生まれただけ

法律事務所で働いていたときには、遺産分割の案件も数多くありました。

相続人として、兄弟姉妹間でバチバチにやり合う人たちをたくさん見てきました。

私が、今でも印象に残っていることがあります。

まだご健在のおじいちゃんと、その長男さんが付き添いで一緒に来られて、自分の遺産をどう分けるのかを相談していました。

別の日に長男さんだけが来られて、ポツリと一言。

「長男が、親の介護を全てするのが当たり前だと父親が思っているのなら、遺産なんか何もいらない。」

長男さんのその一言が、とても響きました。

兄弟姉妹間で協力できるなら、それが一番理想的なのでしょうが、全てがそんなにうまくいくはずがない。

母から祖母の話を聞くたびに、色んなことを考えてしまう今日この頃なのでした。